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芥川賞は、7月中旬と翌年1月中旬の年2回発表になる。
その年の1月~6月発表になった作品から候補を選ぶのが上半期。
上半期の選考会は7月に開かれる。
その年の7月以降に発表された作品は下半期として選考会は1月。

賞は昭和10年、当時の文藝春秋社長で作家の菊池寛により創設。
その当時亡くなった芥川龍之介と直木三十五の功績をたたえて、
将来有望な気鋭の新人を奨励するため「直木賞」と共にできた。

現在は直木賞が大衆娯楽的な作品が主に選考されるのに対して、
芥川賞は純文学系と呼ばれる作品が候補に挙がる。



芥川賞は、センセーショナルで話題性のある作品、
またそういう人物の作品がよく選ばれる。

直木賞が主に大衆文学、芥川賞が純文学という住み分けなら、
むしろ直木賞の方が「センセーショナル」なイメージだが、
実は、芥川賞の方がセンセーショナル重視のように感じる。

これは1956年、元東京都知事で、現衆議院議員で維新の代表、
そしてあの石原裕次郎の兄の石原慎太郎が『太陽の季節』で
芥川賞を受賞した頃からの傾向のようだ。

なぜなら石原の受賞を機に、芥川賞はマスコミの注目を集め
メジャーで話題の賞となっていくからだ。

1976年上半期受賞、村上龍著「限りなく透明に近いブルー」
など、相当センセーショナルな作品だったのではなかろうか。

この様に、芥川賞作家になるには
センセーショナルであることが重要なファクターといえよう。
それは著者個人か、作品内容かその時々である。



でも、太宰治や村上春樹といった超大物も落選しているので、
目指す方は、一度や二度落選しても気落ちせず頑張ることだ。

吉村昭などは、その昔・・・
一度は当選と事務局から通告されて文芸春秋に向かったものの…
最終的に落選が決まり、そのまま家路についた気の毒な作家だ。
その後、彼は四度も落選し、純文学から歴史小説家に転身した。
今では歴史小説の第一人者だ。芥川賞作家にはなれなかったが。

まぁ、賞を目指すなら、受賞を勝ち取るに越したことはない。
しかし、吉村昭のように芥川賞の受賞こそ逃しはしたものの、
ある意味そのせいで違った分野で大成功する例もある。



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